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印象記 2

まさか私の後ろに建っている貿易センタ-ビルが飛行機に突っ込まれて破壊されるなんて想像だにしないで撮った写真である。自由の女神!。映画や写真で見るのとは比較にもならず、これはそれこそ紛れもなくアメリカの象徴なのだと、その新鮮な感銘が体に充ち満ちて、その真下で撮った写真がこれである。海のような大きな川の中にある小さな島の真ん中にアメリカを守るように空高く聖火を掲げてそれは建っていた。これも想像を見事に覆させられたが、その印象はやはり一生心の中に生き続けるだろう。人生はこうした悠久の歴史の中のほんの一コマに過ぎないのだと思うのだが、こういう「感動」がない人生だったら私はどうなっていくのだろうとの思いが強かった。このあとに行ったカナダの緒風景。雪のカナディアン・ロッキ-の真ん中を氷河に向かってひたすら走り行くバス、陽光を一杯に浴びながらの旅は至福の思いがした。途中のレイク・クル-ズの湖はなんでこんなに多彩な水色をしているのか、その神秘さに異国の全く違う風土に触れながら、深まり行く二人の人生にひそかに乾杯した。行き着いた氷河は将に壮大。その時の旅は優しいガイドさんに恵まれたよい旅だったが、なによりの収穫は友人として一生を通ずるであろう人達に出会えたた事である。帰国後「カナダ会」と命名し、旅や食事をもう何度ご一緒したろうか。縁は異なものというが、旅先で知りあった人達とこんな充実したグル-プになれるなんて素敵なことはないと思う。えにしがこうして生まれてくる自分の人生を深いところでは誇りに思うことがしばしばである。若かったころより出会いは限りなくあったが、これもその一つ、いまでは寶の一つである。このうちのM夫妻とはドイツやエジプトなどその後にご一緒する事になるのだが、その紀行についてはまたその時記すことにして、今は、そのアメリカにはすでにこの時の貿易センタ-は存在せず、それが契機となって起こったイラクとの不幸な戦争が厳として存在した。毎日報道を見て胸を痛めながらも、歴史とえにしの不思議さに複雑な思いを味わっていた。さて、その頃のニュ-ヨ-クの印象はといえば表通りは確かに近代的ではあったが、一歩裏通りに入れば多国籍民族国家の印象はぬぐえず、表通りとは対照的に繁栄の裏側が侘びしげに存在した。つまりいろいろな人種の人達が変にたむろしており慣れない私達には不安が大きくて実際には表通りしか歩けなかった思い出がある。

 

 

私の略歴

 

   背景のビルはテロによって破壊された貿易センタ-ビル

藤波曽川(ふじなみ そせん)

専門  漢字 篆刻
昭和12年1月28日東京生(1937)
二松学舎大学卒

師系 阿部鉄蕉  
資格           読売書法会理事
太玄会理事長
菅菰会理事長
足立区文化団体連合会相談役
足立区書道連盟会長
菁莪書院主宰
                         足立区文化功労者

Eメ-ルアドレス
 sosen@adachi.ne.jp

 

私の旅行記 2

 

       実に印象深かった自由の女神

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日本の風土の中で概念的に「滝」のイメ-ジが作られていたし、写真などでもナイアガラの滝は山の中でゴウゴウと流れ落ちているものとすっかり思い込んでいた。まさか町中に存在しているなんて想像もせずに現地に行ったのだ。初印象は確かに大きいけれど、なんだこんなところにあるの、しかも二つに別れてなんて思っていた。ところがところがカッパを着せられてエレベ-タ-で地下の方まで降り狭い洞窟を抜けて滝の下脇へ出た途端にうちのめされてしまった。それは轟々と傲然と、どうだナイアガラの凄さが判ったかと覆いかぶさってくる。本当に怖いくらい凄かった。ものは実際に見ないと評価出来るものではないと心底思わされた。しぶきに打たれながら来てよかったとしばしぼう然と立ち尽くしたものである。自然とはなんという感動を与えてくれるものかと、やはり心の揺れ動きは大きかった。ともに二人でその感動を分かち合いながら黙然と洞窟を歩き地上に出てきて、また外から滝を見たとき、それはもう全く別の風景に思えた。滝の脇の道路に車がいくら走っていようとそれらは文明のカケラであって自然には到底太刀打ちできるものではない。長い歴史をこうしてどのくらいの人に時代を越えて驚きを伝えてきたのだろう。昔人と語り合っているような錯覚を背にし後ろ髪を引かれるような気持ちで滝を後にした。

 

曽川印集 人の印

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石井雙石の印

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曽川の書

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