動物のことになると、日本では、理解に苦しむ話が多い 〜 多すぎる。
人間中心の社会構造だから、動物はモノ、いやモノ以下の扱いを受けていることを、
何度も何度も見せ付けられた。そしてこの哀れな生き物の姿を見るたびに、心が痛む。
なぜ、日本人は命を大切にしないのだろう?
それほど難しいことではないのに、なぜだろう?
そのルーツは日本人の性格にあるのか、それとも単なる教育の問題なのか、
どっちをとっても理解に苦しむ現状だ。
はっきりわかっていることは一つだけだ:
この日本の悲惨な動物現状を一刻も早く改善する必要があるということ。
ところが、悲惨な目にあっているのは動物だけではないようだ。
そう、この日本の「人間中心」の社会の中で、マサカと思う人も多いだろうが、
一部の人間もひどい扱いを受けているらしい。
これは驚きだ!
その一部の人間は親戚も友達もいない、一人暮らしの年寄り。
日本の年寄りが耐えていかなければならない毎日、あなたは知っている?
知らない?
そうでしょう。私も今回の出来事に巻き込まれるまで、このような悲惨な事実について何も知らなかった。
人間、つまりこの国の国民に対しても、日本の行政はけっこうエゲツナイことをやっているようだ。
金と名誉をちらつかせている国民に対して、社会も行政も甘い顔をしてくれるけれど、
人生の檜舞台からおろされ、生活保護や介護を受けている年寄りを待ち受けているのは、
最低の生活レベルより粗末な扱いだ。
とりあえず体に必要なケアはなんとか面倒を見てもらっているが、でも心のケアはゼロ。
行政指導で行っている介護は、言ってみれば、年寄りの精神的な姥捨て山にすぎない。
うまいスローガンを連発している政治家に「豊かな老後生活」を約束されている年寄りの扱い方には、
先進国では考えられない裏話がたくさんある。
人間なら大切にされるはず、この人間中心の日本社会の冷たい面を物語っているのは、
つぎの、決して珍しくない事件だ。
親戚も友達もいない一人暮らしの年寄りが、突然、病気になり、入院することになった。
この気の毒なおばあちゃんは2匹の小型犬チャッピーとルルを飼っていた。
一人暮らしの上、唯一の心の支えはこの2匹のワンちゃんたちだった。
仕方がなく、おばあちゃんは入院するあいだ、飼っていた2匹の小型犬を近くのペットショップに預けることにした。
かわいい犬たちを一日も早く会いたいという気持ちを心に抱きながら、
おばあちゃんは、なんとか退院ができるまでに回復した。
しかし退院はしたもの、おばあちゃんの体の調子は以前の状態までには戻らず、
生活保護を受けながら専門の介護が必要になった。
まともな先進国だったら、おばあちゃんは国の介護を受けながら、
可愛い犬たちと一緒に老後生活を楽しむことになる。
まともな先進国では、当たり前なハッピーエンドだ。
しかし日本はまともな先進国ではない。
世界の常識は日本では通用しない。
世界の先進国のハッピーエンドは、日本の場合、残酷な悲劇だ。
悲しい現実だが、日本の弱者や年寄りにとって、ハッピーエンドはない。
日本行政の方針では、ヘルパーは人間の面倒しかみれないという決まりがある。
それに基づいて、人間の仲間である犬や猫は「贅沢品」とみなされ、
生活保護や介護の対象外になってしまうのだ。
つまり、心の安らぎは二の次。
けっきょく退院をしたにも関わらず、
おばあちゃんは1年以上ペットショップに預けた2匹の犬たちを飼ってはいけない事態に追い込まれた。
最終的に、このかわいそうなおばあちゃんは、心の支えになっていた犬たちを手放すように、
しつこく責められた。
おばあちゃんにとっても、犬たちにとっても、残酷な話だ。
そしてある日、おばあちゃんは涙を流しながら、所有権を放棄することに納得させられた。
形ばかりにこだわる日本行政は、
やはり、国民の老後生活もシャボン玉のような空想的な形に見せかけているようだ。
虹色の外面はきれいけれど、中身は空っぽ!
「豊かな老後生活」という宣伝文句の裏側には、孤独さと寂しさが老人たちを待ち受けている。
そして、このような状況におかれている動物たちを待ち受けているのは、野蛮な殺処分!
日本流の「豊かな老後生活」はこんなものなのか ……
片足を老後世界に突っ込んでいる私でさえ知らなかった。
そして今回の件は決して珍しくないということも知らなかった。
一人暮らしで身寄りのない年寄りの生活を共にしている犬や猫を無理やりに取りあげられ、
保健所で殺処分するということは、毎日のように行われている ー 日本では。
そのたびに、精神的な支えを必要としている弱者が涙を流し、
生きる喜びを失ってしまうことになる。
そして、たくさんの動物が死の恐怖にさらされた後、野蛮な方法で処分されてしまうのだ。
心の安らぎを「贅沢」として決めつけられているせいで、
毎年、どれほどのペットたちが殺されているのか、想像するだけでも胸が苦しくなる。
今回は、たまたま介護を請け負っていたヘルパーが思いやりのある人間であったから、
この2匹の小型犬は処分されず、当会で保護することになった。
これで一件落着に見えるのだが、手放す羽目になったおばあちゃん、
そして飼い主を奪われた犬たちの深い心の傷に、振り向く人はだれもいない。