日本では珍しくない話
Part 5
2003.02.27
不用犬ジョン
ジョン
「判決が出ましたので、被告人、立ちなさい。」
「被告人を犬に生まれたという理由で、8年間、鎖でつながれっぱなしの刑に処する。
その後、不用とみなされ、窒息死による死刑を宣告する!」
もし、あなたがそれを言われたら
……
何だって? 人間だから、そんな不合理な話はあり得ない?
そうとも言い切れないぞ。
もし、あなたが来世に犬として生まれたら、正確に言い直すと、来世に日本の犬として生まれたら、
このような不合理な結論は大いにあり得る。
なぜかというと、日本の犬の大半(あるアンケートによると70%)は家の外で飼われている上、
寿命を全うする前に何らかの理由で死んでしまうから。
病気なのに獣医の治療も受けずに死んでしまう犬もいれば、
老犬になって見栄えが悪いというフザケタ理由で捨てられてしまう犬もたくさんいる。
人間の身勝手な衝動替えの犠牲になる犬も多い。
無責任な飼い主が考えそうな理由はたくさんある。
「不用犬」として保健所で殺処分されている犬の数は、毎年、数十万頭!
普通では考えられないことだ。
当然だ ー 普通ではね ……
でも、日本は普通の国ではない。
日本は世界に例をみない「動物後進国」だ。
飼い主の身勝手な判断のひとつ、愛犬が、突然、不用犬に変身してしまうのだ。
ジョンも、こうした不用犬の1匹だ。
8年間つながれっぱなしにされたあげく、「飼えなくなった」から、大月の保健所に持ち込まれる運命だった。
これじゃあんまりにもかわいそうだと感じた保健所の職員から電話が入った。
「飼えなくなったオスのラブラドールがいますが、もらっていただける人はいませんでしょうか?」
「純粋のラブラドールだったらけっこう早く見つかると思いますが、何才ですか?」
「8才らしいです。」
「8才ね
……
ワクチンと去勢は済んでいますか?」
「それは聞いてませんでした。確かめた上でまた連絡しますので、よろしくお願いします。」
翌日に入ってきた連絡内容は悲惨なモノでした。
悲惨と言っても、日本では珍しくない内容の報告だった。
ジョンは狂犬病の注射は受けたもの、ワクチンと去勢もなければ、
8年間、ほとんど散歩されずにのつながれっぱなし状態にされていたそうだ。
そして手放す理由も訳の分からない話だった。
3月に犬嫌いな息子が家に戻ってくるからという話もあれば、
やはり大きすぎて飼いきれないと気がついたという話もあった。
けっきょく何が本当なのか、何がウソなのか、さっぱりわからない。
でもはっきりしていることは、自分の身勝手な理由でひとつの命が消されるということだった。
当時、我が家には17匹の犬と7匹の猫がいた。
ラブをおく場所はないが、里親が見つかるまで誰かに預かってもらうしかない。
里親でも、預かりでも、とりあえず去勢とワクチンだ。
そのことを保健所の職員に伝えたところ、「それは間違いなく飼い主にやらせます」と言われ、
話は良い方向へ進んだ。
それにしても、大月の保健所は立派だ。
処分費をもらって、ジョンを殺した方が面倒くさくないのに、
こうして業務を越えた努力をし、哀れな命を助けようとする。
日本全国を探しても、このような理解のある保健所はおそらく見つからないだろう。
霞ヶ関で動物愛護のあり方について、経験も知識もないのに、
偉そうにモノを決めてしまう東大出のバカ官僚たちに爪のアカでも飲ませてやりたい。
もうひとつ嬉しいことがあった。
このかわいそうなラブをホームページに載せたところ、里親が見つかるまで預かってくれる人が名のり出てた。
天の助けだ!
日本ってまだ捨てたモノではない!
良かった! 良かった!
このうきうきした嬉しさが長続きしないとも知らずに、ジョンを迎えに行った。
その後、津波のようなショックが次々押し寄せてきた。
まず一回目のショックは、ジョンを初めて見たとき。
親切な保健所の職員の案内で飼い主の家を訪れると、
ジョンは大きな角張った砂利がごろごろしている埃だらけの駐車場につながれていた。
ラブラドールにしては頭が大きいね!
一瞬、雑種かもしれないと思ったほどおかしな体型だった。でも近くで良く見てみると純粋なラブだった。
頭が大きく見えたのは、体が骨と皮まで痩せていたから。
成犬なら30kg前後あるはずのジョンは24kgしかなかった。
二つ目のショックは、ジョンの健康診断のときだった。
検便と血液検査の結果を見ながらジョンを診察していた院長先生の最初の言葉は
「かわいそうに、あの犬捨て山にラブラドールも捨てられたのか?」
「いえ、先生、これは飼い犬です。飼いきれないから、昨日、もらってきました。」
「ウソ!! これが飼い犬?」
「検査のデーターを見てください、今までマルコさんが山梨から連れてきた犬たちよりひどい健康状態。」
「下痢は腸炎によるものだし、便は寄生虫だらけだし、栄養状態もかなり悪い。」
「しかしもっと深刻なのは血液検査の結果。」
「フィラリアに汚染されている ……
ちょっと待って、これは何だろう?」
院長先生はジョンの股のあいだに覗き込んだ。
「2ヶ月ほど前去勢してもらったはずですが、まさか残ってないでしょう?」
「いや、それは大丈夫だが、抜糸してないようだ。」
「めちゃくちゃですね。だってもう2ヶ月以上前の手術ですから。」
先生は糸を抜きながら「危なかったですね
……
」
「危ない? 糸が残っていることは危険ですか?」
「ちがいます、糸ではない。フィラリアにかかっている犬に麻酔をかけることが危険だという意味。」
「死んでしまうこともあり得ますからね。」
あの山梨の飼い主も無責任だけど、山梨のやぶ獣医も無責任だ。
血液検査もせずに手術を行う − 常識では考えられないことだ。
健康診断の数日後。
三つ目のショックはジョンを預かってくれる天の助けだった。
場所は高速道路が通らない西東京の果てだった。足立区から数時間のドライブだ。
でも遠くてもいい、とりあえず、ジョンを預かってくれるだけでも、感謝の気持ちを込めながら車を走らせた。
庭付きの一軒家だった。
出迎えてくれた女性は優しそうな感じだたし、
リビングにはジョンの遊び相手になりそうな若い黒ラブが待ちかまえていた。
遠くまで走った甲斐があった。
この環境ならジョンは寂しくないし、快適な室内生活を少しづつ覚えてくれるだろう。
あとはゆっくりいい里親を探すことだ。
まさか、これが骨折れ損のくたびれもうけになるとは、夢にも思わなかった。
我が家に戻って、晩御飯を食べ終わったころ電話が鳴った。ジョンを預かってくれている人だった。
逃げられたのか!? マサカ
……
「今日、ありがとうございます。どうしましたか?」
「良く考えましたが、やはり ……
預かることができません。」
私は唖然として、一瞬、言葉を失っていた。
「預かれない? 急に言われると何と答えれば良いのかわかりませんが、なぜですか?」
「ジョンは良さそうなコですが、リビングに大量のオシッコされて、大変でした。」
「何となく、預かりつづける自信がなくなりました。」
「だって、ジョンの今までの経緯はご存じですよね。」
「かわいそうだから、預かってあげたいとご自分で言ったじゃないんですか。」
「どう考えても、長年、外でつながれっぱなしにされた犬が、」
「たったの6時間で室内ではオシッコしちゃいけないということをわかるはずがないでしょう!」
「はい …… 、それはわっていますが ……
」
「それじゃ、どうしてジョンの現状を理解する努力しないんですか?」
「ただ感情的になって、軽い気持ちで犬を預かりますと言われると困りますよ、私。」
「 ……
」
マイッタ! こんな空振りは初めて!
だって、そうでしょう。ジョンを山梨から連れ出す前から何度も何度も電話で話し合ったり、
慣れるまではけっこう大変だということを説明したはずだった。
ション便ぐらいで大騒ぎされたらたまらない!
「はい、はい、わかりましたよ。迎えに行きます。しかし、今日はもう遅いし、私も疲れています。」
「明日は必ず迎えに行きますから、それまでにちゃんと預かってくださいね。」
翌日、ジョンを迎えに行った。そして家へ戻った瞬間、我が家のリビングは大水だった。
車の中では我慢ができたなのに
…… 。
人間と同じだね、緊張するときは出ないが、安心してしまうとトイレへ行きたくなる。
我が家のリビングで安心してくれることは嬉しいが、ここをトイレと勘違いされるのは困る。
人間との共存、家族という群のしきたり、いろいろなことを徐々に覚えてもらう必要がある。
考えてみると、世間知らずのジョンは8才の大きな赤ん坊だった。
根気よく我が家のルールを教えたところ、2〜3週間で新しい生活環境に慣れてくれた。
片目のマミーちゃん(三味線屋に捕まったシーズー)にも怒られ、群の上下関係をしっかり覚えてくれた。
無駄吠えもせず、みんなと仲良くしているジョンは可愛いヤツだった。
こんなラクな犬を預かって、たった6時間でギブアップしてしまう? ナサケナイ!