足立区立東渕江小学校 地図


 

平成22年度3月号
 
平成22年度3月号
 
平成22年度2月号
 
平成22年度1月号
 
平成22年度12月号
 
平成22年度11月号
 
平成22年度10月号
 
平成22年度89月号
 
平成22年度6月号
 
平成22年度5月号
 
平成22年度4月号
 
 
    学校は平常通りです                       平成22年度3月号特別号

校長 坂入信敏

 「天災は忘れた頃にやってくる」(天災は人々がその恐ろしさを忘れたことにまた襲ってくる。だからゆめゆめ油断は禁物、日ごろからその恐ろしさを肝に銘じて用心を怠るなということ。)物理学の寺田寅彦が言った言葉とされています。今回こそこの言葉の意味を思い知らされたことはありませんでした。

 11日午後2時46分、正式にはなんと名づけられるのか分かりませんが、「東北関東大震災(NHKがニュースで使用)」が私たちの住む東京を始め、東北地方、関東地方を襲い、各地に大きな被害を与えました。東北地方では、一つの町全体が壊滅的被害に遭ったとさえ報じられています。

 11日午後2時46分、1〜3年生は5時間授業でしたので、大部分の子どもたちは下校をしたあとでした。1年生は「キッズぱれっと」の日でしたから30名程度校庭で遊びだしたころでした。4〜6年生は6時間授業のそろそろ終わりのころでした。そこに大きな地震が襲ったのです。

 特にお知らせしたことはありませんが。東渕江小学校の避難訓練は優秀です。避難の途中も、避難したあとも、ほとんどおしゃべりはありません。訓練と実際は違います。訓練どおりにいかないことの方が多いのです。しかし、大きな揺れが一端収まったあと、子どもたちは訓練と同じように整然と校庭に避難しました。避難したあとも大きな余震が何度もありました。余震と余震の間を縫って、ランドセルを取りに子どもたちを教室に戻そうとしたとき、また大きな余震がありました。そのため急きょランドセルなどの道具類は教室に置いたままで下校させることにしました。

 その後、急ぎ迎えにきてくださった保護者の方、メール配信システムによって迎えにきてくださった保護者の方に子どもたちをお渡しし、それ以外の子どもたちを教員が付き添って安全を確認しつつ下校させました。全員の子どもたちの無事を確認できたのが、午後6時を過ぎたころでした。長い長い一日でした。

 今回の震災で亡くなられた方のご冥福を改めてお祈りいたします。

 
    終わる3月始まる4月                       平成22年度3月号

校長 坂入信敏

 ずい分前のことになりますが、新聞の読者からの短歌投稿のコーナーに、なるほどそうだなあと感じさせる短歌が載っていました。

  落書きを 消して 教室明け渡す 終わる3月 始まる4月

 作者は学校の先生に違いありません。学校の3月、4月はまさにこの短歌の通りなのです。平成22年度も3月を残すだけとなりました。この一年間の地域、保護者の皆様の東渕江小学校への、ご支援ご協力に改めて感謝申し上げます。

 既にお知らせしていますが、来る平成23年度は、東渕江小学校開校百周年の年です。1月の学校だよりにも書きましたが、本校が開校した明治44年は、我が国に義務教育が漸く定着を見た時期でした。本校の開校は、何としても我が子に小学校教育を受けさせたいという、地域の方々の強い思いが結集した結果でした。

 本校が開校百周年を迎える平成23年度も、学校教育にとっては重大な意味をもつ年になります。学校教育の内容を決めている「学習指導要領」が完全実施されます。既に先行して実施していますが、5年生、6年生の外国語活動(英語)が正式に始まります。ほぼ全教科の授業時数が増えることになりますが、特に算数、理科など理数系の教科の時数が大幅に増加します。平成23年度入学の1年生に限定はされますが、1学級の定員が40名から35名(35人学級)になります。学級の定数の基準が変わるのは昭和55年依頼実に31年ぶりのことです。そして、足立区でも原則第二土曜日(8月と3月を除く年間10回)に授業が行われることになります。

 考えてみますと、学校教育の節目節目に本校は記念の年を迎えているのです。「偶然の一致」と考えてしまえば良いのでしょうが、一方ではプロ野球北海道日本ハムファイターズに入団した「斉藤佑樹投手」の言葉のように、東渕江小学校は何かもっている」と思いたい気持ちもあります。地域の学校として、地域、保護者の皆様に大いに期待されているということを考え続けるためのより所にしたい思いがあるためです。

 来月から始まる平成23年度は、平成22年度以上に、子どもたちの今と未来の幸せのために、また開校百周年を真に意味あるものにするためにも、東渕江小学校の教職員は努力をしてまいります。平成23年度もご支援ご協力をよろしくお願いいたします。

 
    心新たに                                          平成22年度1月号

副校長 吉井 克憲

 もうすぐ立春としうのに、まだまだ寒さの厳しい日が続いております。しかし、校庭を見ると、その寒さに負けず、子どもたちは元気いっぱいです。現在、短縄リズムなわとび週間の最中ですが、休み時間には校庭や屋上で懸命に取り組む姿が見られ嬉しくなります。私も頑張らねばといつも元気をもらっているところです。

 さて、先日の授業参観には、たくさんの保護者の皆様方にご参観いただきまして、誠にありがとうございました。今年度最後の授業参観でしたが、いかがでしたでしょうか。年度当初と比べて格段に成長したお子様の姿をきっとご覧いただけたのではないかと思います。また体育館の耐震改修工事では、11月から3月はじめまでにわたり、お子様・保護者の方・地域の皆様には大変ご不便をおかけいたしました。3月はじめにはリニューアルされた体育館をご披露できます。新生体育館を使っての初めての卒業式ともなります。ご期待いただければと思います。

 話は変わり、その上恐縮ではありますが、自分自身のことを書かせていただきます。私の出身は高知県です。どの方もそうであるように、自分の生まれ育った土地はとても愛着があり誇りにしています。私も例外ではありません。みなさまも足立区を誇りにしていることでしょう。足立区の象徴がチューリップであるように、高知県の象徴といえば坂本龍馬です。「龍馬伝」がTVで放映されたずっと前から、龍馬は地元で愛着を持たれ誇りにされています。龍馬空港、龍馬郵便局、龍馬せんべい、龍馬ジュース、葬儀社龍馬など町中で溢れかえっているのが何よりの証拠です。象徴と誇りは、郷土愛・所属している集団への愛着になくてはならないものだと思います。

 東渕江小学校は、皆様もご存知じのように今年百周年を迎えます。児童・保護者・卒業生・地域の方々そして教職員が愛着を持ち、誇りに思える東渕江小学校を築かねばと強く思っています。これからもどうぞ本校の教育活動にご理解・ご協力をよろしくお願いいたします。

 
    明治44年、東渕江小学校は開校しました           平成22年度1月号

校長 坂入信敏

 明けましておめでとうございます。保護者、地域の皆様には、ご家族お揃いで新しい年をお迎えのことと存じます。本年もよろしくお願い申し上げます。

 既に皆様もご存じのように、平成23年は東渕江小学校の開校百周年の年にあたっています。東渕江小学校は明治44年に開校しましたが、では明治44年はどのような年だったのでしょうか。調べてみましたが、余り劇的な年ではなかったようです。明治45年ですと、7月に明治天皇が亡くなり大正と年号が替わります。隣の国、中国では辛核革命が起こり、大国だった清朝が倒れています。正に劇的な年でした。

 それでも、明治44年は教育にとっては重要な年でもありました。義務教育は明治5年(1872年)の学制公布で始まりましたが、当初は授業料を払わねばならなかったこともあって、なかなか定着しませんでした。それが明治33年(1900年)小学校令の改正により、授業料を徴収しないことになり、漸く東渕江小学校の開校の年、明治44年頃に定着を見たのでした。東渕江小学校の開校は、義務教育の定着と大いに関係していると言っても良いでしょう。

 明治44年当時の義務教育は6年から8年間となっています。義務教育は尋常小学校が担っていたのですが、入学の年齢ははっきりと決められてはいなかったようです。ただ学齢期は14歳までと決められていましたので、6歳で入学した場合、義務教育は最長で8年間ということになりました。明治44年の日本の総人口は5200万人です。開校当時の東渕江小学校の児童数ははっきりしませんが、現在地に学校が建設された大正3年では299名でした。百年後、日本の人口は1億2500万人、東渕江小学校の児童は779名になしました。

 変わったところでは、上野動物園に初めて「カバ」がお目見えしたのが明治44年のことでした。また、1年生の音楽の教科書にある「かたつむり(でんでんむしむし かたつむり おまえの・・・・)」の歌もこの年に発表になった「文部省唱歌」です。

 平成23年秋、東渕江小学校は開校百周年のお祝いの会を開催いたします。地域、保護者の皆様に心から祝っていただける学校にするため、私たち東渕江小学校の教職員は、今日からまた新たな努力を始めることをお約束いたします。

 
    一番有名な校長先生はどなたですか?             平成22年度12月号

校長 坂入信敏

 「光陰矢の如し」とはよく言ったものです。今年も残すところあと僅かになりました。改めて地域、保護者の皆様に、この一年間の東渕江小学校へのご支援ご協力にお礼を申し上げます。平成23年もよろしくお願いいたします。

 東渕江小学校の開校記念日は11月15日です。社会科の学習でもあるのでしょうか。子どもたちが校長室にきて、学校の歴史についていくつか質問をしました。

「校長先生は第何代目の校長先生ですか?」

「私は第24代目の校長になります。」

でも子どもたちには、24代という歴史の長さ、重さにピンとこなかったようです。

 23名の歴代の校長先生は、長い方ですと戦前のことですが、10年間東渕江小学校の校長を務めています。戦後ではご存じの方もいらっしゃると思いますが、第15代の長野一雄先生が8年間校長を務めていらっしゃいます。短い方ですと、戦前の校長先生ですが、1年間だけという方がいらっしゃいます。子どもたちの質問をきっかけにして、校長室の歴代校長先生の写真を見ながら、10年は長いなあ、でも1年は短か過ぎる、1年で何ができたのだろうなどと考えていました。すると、校長室を出かかった子どもたちが戻ってきました。そして、やはり歴代校長先生の写真をみて、

「この(歴代校長先生の中で一番有名な校長先生はどなたですか?」

と真剣な顔をして尋ねtのです。思わず

「それはK先生です。」

と、応えてしまいました。

 私は足立区での教職経験が長いため、本校の校長先生は18代の林校長先生から全て存じ上げています。同じ学校で勤務した同僚の先生も、東渕江小学校の21代の校長を務めていました。その中でもK先生には随分とご指導もいただきました。それもあってつい答えてしまったのです。いくつになっても恩師とは怖いものです。

 しかし、子どもたちの言った「有名」とはどういうことなのでしょう。子どもたちは案外重要な問題提起をしたのかもしれません。考える価値は大いにありそうです。

 それでは、少し早いのですが、皆様良いお年をお迎えください。

 
    秋にも三つの運動会             平成22年度11月号

校長 坂入信敏

 後期が始まって既に20日余りが過ぎました。猛暑と言われ続けたこの夏の名残り、残暑の厳しい秋の始まりでしたが、漸く爽やかな季節になってきました。10月29日、30日の両日に行われました音楽会には、保護者の皆様、地域の皆様に大勢お出でいただきました。子どもたちも張り切って素晴らしい歌声、合奏などを体育館いっぱいに響かせました。

 運動会は春の風物詩になったと学校だよりに書いたことがありました。実際に平成22年度を例にしても、足立区72の小学校の8割以上が春に運動会を実施しています。それでも、東渕江小学校の子どもたちが参加する秋の運動会が三つもあるのです。

 10月12日(火)に6年生の子どもたちが連合運動会に参加しました。この連合運動会は、近隣の7校の6年生が参加します。7校には650名を超す6年生がいます。運動会の開始は午後1時ですが、競技が全て終わると4時を過ぎてしまいます。その後に閉会式です。疲れていないことはないのに、表彰、講評と続く式の間微動だにしないのです。競技の結果よりも閉会式の6年生の姿に毎年感動しています。

 二つ目の運動会は、特別支援学級(きりのは学級)の連合運動会です。16日(土)に関原小学校を会場にして行われました。この日は10月も半ばをすぎたというのに、暑い一日でした。この運動会には足立区17校の特別支援学級の1年生から6年生までの子どもたちが集まってきます。17校の子どもたちの演技にいつも勇気づけられています。東渕江小学校からは15名の子どもたちが参加しました。きりのは学級の子どもたちの応援の声がいつも以上に大きく青空に響いていました。

 最後は、30日(日)に行われた地少協(子供会)の運動会です。私が着任した平成17年には600名を超えていた運動会でした。今年は200名程度の参加だったでしょうか。肌寒い日でしたが、参加した子どもたちは額に汗を浮かべて全力で競技をしていました。鋸南自然教室から帰ったばかりの5年生も参加していました。200名の子どもたちに改めてエールを贈りたいと思います。運動会での子どもたちの姿は、いつ見ても感動します。来年の東渕江小学校は開校百周年の年です。来年こそ地少協(子供会)の運動会を、東渕江小学校の子どもたちでいっぱいにしましょう。

 
    立派だった本校卒業生の職場体験             平成22年度10月号

副校長 吉井 克憲

 9月14日から3日間、蒲原中学校の2年生男子生徒5人、女子生徒3人の計8人が、職場体験で本校にやってきました。1日目は、栄養士さんから食について、特に給食を作ることの大変さを、事務主事さんから電話の受け応えや事務の仕事などを体験しました。2日目は、校長先生から話しを聞いた後、用務主事さんといっしょに、校舎のまわりの草むしりを手伝いました。そして、最終日には1年生から6年生、きりのは学級で、各担任の指導のもと、授業に参加しました。

 8人はいずれも本校の卒業生で、学校の先生の仕事に大いに興味をもっているということで本校を選んだとのことでした。3日間とも、本当に頑張って体験活動を行いました。私自身も、「なぜ教員になったのですか。」「仕事でつらかったこと、楽しかったことは何ですか。」「教員になるのは何をしなければいけないですか。」など、たくさんの質問を受けました。目を輝かせて、私の顔を食い入るように見て、話を聞く姿に、自然と話に熱が入るほどみんな一生懸命でした。最後に、8人から職場体験の感想を聞くと、「用務の仕事・事務の仕事をはじめ、学校は多くの人が支えることにより成り立っていることがよくわかりました」とほとんどの生徒が話してくれました。

 私も、それを8人に一番伝えたかったので、大変嬉しく感じました。8人とも夢の実現をめざして、一層力を伸ばしていってほしいと強く思いました。そして、東渕江小学校の卒業生がこれほどまでに頑張っているということを、みなさまにお知らせしたいと思い、この文章を書きました。

 
    あの頃はどうしていたのだろう?             平成22年度8・9月号

校長 坂入信敏

 教員になってすぐの夏休み、体調を崩した警備員の代わりを務めたことがありました。真夜中、午前0時過ぎに校舎内を巡回するのですが、子どもたちの声がしない学校は恐ろしいものでした。3人の男性教員で巡回したのですが、風で窓ガラスがガタガタと鳴っただけで、思わず「キャー」と声を出しそうになってしまいます。学校は子どもたちの声がして、子どもたちの姿があって、初めて学校なのです。夏休みを終えた子どもたちの元気な声が漸く戻ってきました。今日(8月25日)学校は再開しました。

 東渕江小学校が平成23年に開校百周年を迎えるということは、既にお知らせしている通りです。東渕江小学校の子どもたちの数、学級数の移り変わりを見てみると、最大で2千6百名を超えた時代がありました。今から丁度60年前のことです。学級数は今の倍以上の47学級です。校舎はまだ鉄筋コンクリート造りではありません。せいぜい木造2階建てぐらいのものです。教室の数も今より少なかったはずです。

 当時は学級の定数などあってないような時代です。1学級に70名などどいう信じられないようなことも起きています。当時の先生方はいったいどうやって70名の子どもたちを教育していたのでしょうか。想像することさえ難しい思いがします。

 現在1学級の定数は40名です。学級の定数について、中央教育審議会(公立学校の教育内容を検討する文部科学省の審議会です)が今年の夏に提言しています。学校の定数を今よりも少なくしなさいという内容です。提言を受けて文部科学省は3年生以上は35名以内、1・2年生については30名以内にと、望ましい学級定数を明らかにしています。近い将来、確実に1学級の児童数は今よりも減るはずです。

 それにつけても60年前の先生方は、どんな思いで子どもたちの教育に当たっていたのでしょう。60年前、「学級崩壊」とか「校内暴力」というような言葉はありませんでした。そういう事実がなかったのかもしれません。でも「だから昔は良かった」などと言うつもりはありません。世の中は変わっていきます。子どもたちも変わります。教育も変わっていくのは当然です。でも、それこそ「愚痴も言わずに」1学級70名の子どもたちを教えた先輩方の努力があって、その先生を信頼する地域、保護者があって、東渕江小学校が百年を迎えたのだということは忘れないでいようと思います。

 
    東渕江小学校での2ヶ月             平成22年度6月号

副校長 吉井 克憲

 少し動けば汗をかく季節となりましたが、皆様にはお変わりなくお過ごしのことと拝察いたします。

 新年度がはじまって早くも2ヶ月が過ぎようとしています。中学校から歴史ある東渕江小学校に拝命いただいた私にとって、この2ヶ月間は感動と驚きの毎日でした。足立区最大級の153名という1年生とともに、日々自分自身も成長させていただいているとこが感じられます。

 このような中で、素晴らしいと感じられるものの一つに、全校児童の集合が大変早いことがあります。前任校の中学校であれば、体育館集合に30分はかかるのですが、東渕江小学校の児童は10分で集合できるのです。集会など自主的に児童だけで進めている姿を見ても立派だと感じます。まだまだ自分自身学ぶべきことがたくさんあります。

 お子様をはじめとして、保護者の皆様、そして地域の皆様に大変温かく迎えていただき、もっと努力しなければと常日頃痛感しております。また後1年後に100周年を迎える本校に対する、多方面からの期待も強く感じております。今後更に張り切っていきますのでよろしくお願いします。

 
    ある小学校校長の回想             平成22年度5月号

校長 坂入信敏

 爽やかな季節になりました。と書き始めたいところですが、4月は寒暖の差が激しく、保護者、地域の皆様もご苦労されたのではないでしょうか。でも、今年入学した153名の1年生を始め、782名の東渕江小学校の子どもたちは毎日元気です。校庭で遊ぶ子どもたちを見ていると、新しい命の輝きを感じます。

 たまたま本棚を整理していたら「ある小学校校長の回想」という新書本が出てきました。昭和42年に購入した本です。まさか自分が「小学校長」になるなどとは思ってもいませんでしたから、一瞬(なぜこんな本を買ったんだろう?)と首をひねりました。

 筆者は「金沢嘉一かなざわかいち」という、昭和30年代に東京都の小学校長を務めた方です。思い出しました。この本が私を小学校の教員に導いたのです。たかだか200ページ足らずの新書ですが、小学校教師の素晴らしさが、喜び、楽しみだけでなく、悲しみ、悩み、苦しみも交えて書かれていました。この本を読んで先生になろうと決意したのは、きっと私だけではなかったと思います。

 金沢嘉一は戦前、昭和3年に、東京都下の小学校の先生として出発していますが、その頃は教員の給与を、村が全額或いは一部を負担していたことが書かれていました。正確に言いますと、昭和15年に現在の義務教育国庫負担金制度(教員の給与を地方と国が分担する)と同様の制度が生まれるまで、教員の給与は町や村が負担していたのです。

 東渕江小学校の前身は、山谷さんや尋常小学校、中谷尋常小学校です。山谷尋常小学校は「東淵江村立」でしたから、東淵江村の人々が学校維持のための費用を出していたはずです。大正11年当時村の財政の41%が、人件費を含めて学校にかかる費用でした。現在の足立区の財政に置き換えると、足立区は800億円以上を学校維持のため支出することになってしまいます。驚くべき金額が教育費として支出されていた訳です。当時の人々の学校への思いは「凄い」としか言いようがありません。

 40年前に購入した本が、改めて明治、大正の時代の、東淵江村に住んだ人々の、東渕江小学校への熱い思い教えてくれたように思います。

 
    先入観によらない指導を             平成22年度4月号

校長 坂入信敏

 今年の2月は東京にしては珍しく8回の降雪を見ました。ところが、この冬の平均気温は例年よりも高く、2月を除けば暖冬と言っても良いのだそうです。確かに校庭の桜も3月の終わりには咲き始めました。この文章は3月末に書いているのですが、入学式、始業式当日はきっと桜吹雪の中だと思われます。

 東渕江小学校に入学された1年生の保護者の皆様、お子様のご入学おめでとうございます。また1年ずつ進級された、2年生から6年生までの子どもたちの保護者の皆様にも、改めてお慶び申し上げます。平成22年度、東渕江小学校は新入生153名(特別支援学級きりのは学級4名を含める)を迎え、児童数782名、学級数は通常学級21学級、特別支援学級2学級、合わせて23学級でスタートいたしました。児童数は30名ほど増えましたが、学級数は昨年度と変わりません。

 お彼岸は既に過ぎましたが、春のこの時季、少しの反省の思いを感じながら思い出す俳句があります。それが、
「毎年よ 彼岸の入りに 寒いのは」
という正岡子規まさおかしきの俳句です。子規の母親の八重さんがつぶやいた一言を、子規がそのまま俳句にしたものです。この「毎年よ」の句を、私は長い間、多分20年以上もの間、子規の弟子の高浜虚子たかはまきょしの俳句と思い込んでいました。その上、つぶやいたのも虚子の母親だと思っていたのです。

 思い込み、先入観、よく遣われる言葉ですが、どちらも余り良い意味で遣われることはないようです。思い込みや先入観によって形づくられた、固定された考えが、自由な思考や発想を妨げてしまう、教育の現場では最もいやしむべきことです。

 平成22年度のスタートに当たり、私たちは東渕江小学校の教職員は、初心に帰り、一人ひとりの子どもをよく見、思い込み、先入観を廃し、個性を大切にする教育に心がけます。平成22年度も、保護者、地域の皆様のご支援をよろしくお願い申し上げます。

 なお、東渕江小学校は平成23年度、開校百周年を迎えることになります。今年は、この学校だよりでも東渕江小学校の歴史などにも触れてみようと考えています。

 
 




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